旧 太極拳よもやま話 未分類

太極的見解と一般の見解

2013年12月19日

 このテーマも中国や日本(韓国?)が同じ漢字系でありながら意味が微妙に違うようです。日本語では主に二つの意味があるようですが、一、物事に対する考え方や価値判断。一、ものの見方や考え方。また、真理を見きわめる力。洞察力。となっています。いずれにせよ人間の価値観や真理の範疇はそれぞれ違う為、世の中では「見解の違い…」のような表現が常に聞こえてきます。当たり前の事ですよね。太極思想だっと専門の一つとして研究機関である大学や専門学校がなければ、中国独特な国家事情により流派が多く、当然のように日本語で言う様々な見解が生まれてきます。そして、日本人的な太極見解、中国人的な太極見解、台湾の見解、香港の見解と…、それぞれ微妙にに違いますね。勿論、人間社会ではどの分野に於いても様々な見解があり、もっと極端な見方では人間一人ひとり違う見解があっても全然問題がありません。
 政治では違う見解で様々な党派で別れますが、国会の場では時折戦場に化けてしまいます。江戸時代では政府や行政に諌め事を言う為に匿名で投書が出来る「目安箱」というものがあったのですが、これはいかにも世の人々は常に違う見解を持っているはずです。でも、政治の場ではある程度の結束力が求めている為大きい政党の見解を基準にします。当然のようにどの国も第一政党になる為に政治家達は頑張っていますね。一党独裁の国もあり先週では国家の二番手が処刑されてしまうセンセーショナルな事件もありました。かつての中国では数多くの政治家が失脚し投獄されてしまう10年間の文化革命という凄まじい時代がありました。共産国による民の鎮圧や虐殺はいつの時代に於いても変わらないと思います。世にはおよそ奇抜で異色的な見解は叩かれるのが流儀で日本でも外人や非常識な日本人が筋を通さないと問題になってしまいます。この世にはすべての見解と見解のぶつかり合いで成り立っており、見解は人間の代名詞と言っても過言ではないかと思います。
 では、太極的見解ではどの様なものでありましょうか?太極は陰陽五行のバランスを重んじ謂わば、自然や人類の性格や、世界のすべてが一つのバランスが取れた集合体になればよいと、これも実は共産主義とあまり変わらない理想郷的な見解であることは近年の研究で解っています。ならば太極思想も理想論で完璧に実現出来ることは無理ですし、およそそれぞれの違う人間の見解というものを何とかして一つに結ぶことはいつの時代になっても無理でありましょう。ならば今日のように国を問わず様々な太極思想見解が生まれてくることが自然界の規律的なものであり、特に違う見解に対する異論を唱えることもありません。太極思想の世界も政治の世界に似ったりよったりしていて、多くの人間の擁護を受けた流派の見解は通りやすく、宣伝を怠っている流派の見解は埋まってしまうことも多いです。昨今の太極拳家元もあまり見解が通らなくなってきたとのことも伺っておりますが、世界の中であまりにも多くの見解で互いに合わなくなって素晴らしい文化が丸ごと失ってしまうこともしばしばありましたね。
 太極拳の世界では「太極勁」という独特な「内勁」があります。これはどのような見解かもじつに多くの説がありますが、でも、一応の基準があります。当然のように基準も人間が定めた物であり、その独特な人間性と時代背景によっても古い時代の見解が段々と通らなくなり、そして世のすべての分野に於いても近代人と古代人の見解が違ってくることはもはや免れないことであります。そういう意味では私と呉式太極拳家元の一部分の者がかなり古い時代の「張三豊太極拳論」や「王宗岳太極拳論」のような古い見解を守っており近代人の一般的な見解との間に世代の割れ目が出来てしまっているかもしれないですね。でも、人身の心身バランスを整える為の「太極勁」修練に関しては私はいつになっても自分の見解を主張致します。

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